主観的には
2009.03.26 Thursday
栗栖氏の歯が抜けました。正確には、差し歯が。
歯磨きでフロスをしていたら、引っかかってしまったようです。
見せてもらいました。白い歯並びの横に、1本分の隙間が出来ていて、そこに差し歯の細い土台が、葉が落ちきった木みたいにぽつんと生えています。
本人は「格好が悪い」と嫌がっていましたが、私は喜んでながめていました。
まるで乳歯が抜けた子供みたいです。かわいい。
他人には、この口は間が抜けて見えるでしょう。万が一かわいく感じたとしても、笑いだしたい気持ちが心のどこかに絶対あるはず。
でも、私は胸がキュンキュンしました。もう普段にも増してかわいい!
それで思い出しました。
自分のことです。
容姿にコンプレックスのあった子供時代。大きくなってもコンプレックスは変わらず、むしろ強くなっているくらいでした。両親は「気にならない」と言ってくれたけれど。
きっとそれは「親の欲目」。
社会人になり、栗栖氏に出会います。彼は私のコンプレックスの部分を認めた上で、「そこが逆にかわいい」と言ってくれました。
それに救われたけど。その言葉はたぶんリップサービス。
良く見えてしまうのは、「アバタもエクボ」だからでしょう……。
――そうだけど、そうじゃない。
今回、反対の立場になって、分かりました。
一般的には平凡な顔立ちの栗栖氏。でも私にはハンサムです。
そして栗栖氏は、歯が欠けてもかわいかった。最近目のわきにカラスの足跡ができたり、お腹が出てきてますが、私にとってはハンサム度が増して見えるだけです。
それは栗栖氏だから。ダーリンなら、みんな素敵なのです。
それならば、逆もあるのだろう、と思いました。
平凡以下の顔立ちの私でも。両親にとってはかわいい娘だったのでしょう。栗栖氏にはかわいい奥さんなのでしょう。
私が両親を美男美女と見たり、栗栖氏をハンサムな王様だと信じるように。
きっとそれが、家族というもののマジック。たぶん、だから私たちは夫婦なのだろうし、親子なのだろうと思います。
客観的には、私たちの外見は、十人並みです。でも、主観的には、世界一すてきなゴールデンカップルです。
歯磨きでフロスをしていたら、引っかかってしまったようです。
見せてもらいました。白い歯並びの横に、1本分の隙間が出来ていて、そこに差し歯の細い土台が、葉が落ちきった木みたいにぽつんと生えています。
本人は「格好が悪い」と嫌がっていましたが、私は喜んでながめていました。
まるで乳歯が抜けた子供みたいです。かわいい。
他人には、この口は間が抜けて見えるでしょう。万が一かわいく感じたとしても、笑いだしたい気持ちが心のどこかに絶対あるはず。
でも、私は胸がキュンキュンしました。もう普段にも増してかわいい!
それで思い出しました。
自分のことです。
容姿にコンプレックスのあった子供時代。大きくなってもコンプレックスは変わらず、むしろ強くなっているくらいでした。両親は「気にならない」と言ってくれたけれど。
きっとそれは「親の欲目」。
社会人になり、栗栖氏に出会います。彼は私のコンプレックスの部分を認めた上で、「そこが逆にかわいい」と言ってくれました。
それに救われたけど。その言葉はたぶんリップサービス。
良く見えてしまうのは、「アバタもエクボ」だからでしょう……。
――そうだけど、そうじゃない。
今回、反対の立場になって、分かりました。
一般的には平凡な顔立ちの栗栖氏。でも私にはハンサムです。
そして栗栖氏は、歯が欠けてもかわいかった。最近目のわきにカラスの足跡ができたり、お腹が出てきてますが、私にとってはハンサム度が増して見えるだけです。
それは栗栖氏だから。ダーリンなら、みんな素敵なのです。
それならば、逆もあるのだろう、と思いました。
平凡以下の顔立ちの私でも。両親にとってはかわいい娘だったのでしょう。栗栖氏にはかわいい奥さんなのでしょう。
私が両親を美男美女と見たり、栗栖氏をハンサムな王様だと信じるように。
きっとそれが、家族というもののマジック。たぶん、だから私たちは夫婦なのだろうし、親子なのだろうと思います。
客観的には、私たちの外見は、十人並みです。でも、主観的には、世界一すてきなゴールデンカップルです。
沈丁花
2009.03.13 Friday
スーパーで買い物をしたら、ついあれもこれもと欲を出しすぎて、大袋2個になってしまいました。その前にもいろいろ買い物をしていたので、手の袋は3つも4つも。
重さで腕がぬけそうになり、自己嫌悪にかられながら少し歩いては休み、歩いては休みして進んでいました。
気が付くと、ポケットの携帯が鳴っていました。
栗栖氏からでした。
「まだ帰宅途中?」
「うん、買い物をしてたら遅くなっちゃって」
「帰ってこないから、心配になってさ」
さっき帰るコールをしてから1時間くらいたっていました。
「ごめんね。もうスーパーを出たから、あと少しで着くわ」
「今どのへん?」
「ええと……スーパーの交差点を曲がったあたり」
「迎えに行くよ」
「いいわよ、もうあと少しだし」
スーパーから家まで徒歩で10分ほどの距離です。
「もう出てる」
「え?」
「すぐそこ」
「え??」
次の交差点に、それらしき人影が立っていました。
信号が青になったところで、横断歩道を渡り、こちらに歩いて来ました。やはり栗栖氏でした。
「またこんなに買いこんで」
苦笑して、腕が痛くて動けない私の手から、大きな袋をひょいと取り上げました。もう1個の大袋も。
「2個は重いから、私が」
止めましたが、
「1個だけだと、バランスが悪いんだ」
と妙な理由をつけて、両手に袋を下げ、すたすた元来た道を歩いていきました。
私は軽くなった体で、残った小さな袋だけ持って、彼の後ろを着いていきました。
部屋着のまま来たのでしょうか、彼の紺のコートの首から、鮮やかなオレンジ色のフリースのフードがちょこんとのぞいていました。
私が笑うと、「暗いからいいんだよ」とすました顔をしていました。
夜の空気は、やや湿り気をおび、春を感じさせます。
しばらく黙って歩いていた栗栖氏が、ふと顔を向け、
「沈丁花だ」
と言いました。
どこかの家の庭先にある沈丁花の香りが、漂っていました。風があるのでしょうか、気まぐれに鼻をかすめていきます。
「ああ、本当に沈丁花」
深く吸いこむと、疲れがどこかへ消えていくようでした。
「ここに来て、初めて沈丁花の香りを知ったなあ」
雪国育ちの栗栖氏。北の土地には、沈丁花は生えていないのだそうです。きっと寒さにやられてしまうのでしょう。
「仕事に行く途中でも、この香りがたまにするんだ。いい匂いだな」
「私も大好きなの、沈丁花」
深く沈みこむような、それでいてすがすがしく心を洗い清める沈丁花の香り。低い静かな鈴の音が聞こえてくるようです。
「この香りをかぐのも、もう3回目になるかな?」
「そうね、もうそんなになるわね」
栗栖氏が私の住む町に引っ越して来て、3年が過ぎようとしています。長かったような短かったような。
最初のころは、栗栖氏はこの土地になじめず、苦労していました。やや閉鎖的な土地柄、狭苦しい町並みや道路、違う気候……。
見ている私も辛かった。2人で必死で支えあっていた、あの頃。
いま沈丁花を探している栗栖氏の横顔は、おだやかです。
「金木犀って、いつだっけ?」
「秋だったかしら」
「あれもいい匂いだな」
「いい匂いね」
「桜はそろそろかな」
「九州のほうで咲き始めたって」
「じゃあ、もうすぐだ……」
2人でゆっくり家路を歩いていきます。栗栖氏は筋トレと称し、スーパーの袋をダンベル代わりに持ち上げています。たまに振り回して、私に止められたりして。
花の香りが流れていきます。
この土地が あなたに優しく ありますように――
3年前から、ずっと願い続けている、思いです。
重さで腕がぬけそうになり、自己嫌悪にかられながら少し歩いては休み、歩いては休みして進んでいました。
気が付くと、ポケットの携帯が鳴っていました。
栗栖氏からでした。
「まだ帰宅途中?」
「うん、買い物をしてたら遅くなっちゃって」
「帰ってこないから、心配になってさ」
さっき帰るコールをしてから1時間くらいたっていました。
「ごめんね。もうスーパーを出たから、あと少しで着くわ」
「今どのへん?」
「ええと……スーパーの交差点を曲がったあたり」
「迎えに行くよ」
「いいわよ、もうあと少しだし」
スーパーから家まで徒歩で10分ほどの距離です。
「もう出てる」
「え?」
「すぐそこ」
「え??」
次の交差点に、それらしき人影が立っていました。
信号が青になったところで、横断歩道を渡り、こちらに歩いて来ました。やはり栗栖氏でした。
「またこんなに買いこんで」
苦笑して、腕が痛くて動けない私の手から、大きな袋をひょいと取り上げました。もう1個の大袋も。
「2個は重いから、私が」
止めましたが、
「1個だけだと、バランスが悪いんだ」
と妙な理由をつけて、両手に袋を下げ、すたすた元来た道を歩いていきました。
私は軽くなった体で、残った小さな袋だけ持って、彼の後ろを着いていきました。
部屋着のまま来たのでしょうか、彼の紺のコートの首から、鮮やかなオレンジ色のフリースのフードがちょこんとのぞいていました。
私が笑うと、「暗いからいいんだよ」とすました顔をしていました。
夜の空気は、やや湿り気をおび、春を感じさせます。
しばらく黙って歩いていた栗栖氏が、ふと顔を向け、
「沈丁花だ」
と言いました。
どこかの家の庭先にある沈丁花の香りが、漂っていました。風があるのでしょうか、気まぐれに鼻をかすめていきます。
「ああ、本当に沈丁花」
深く吸いこむと、疲れがどこかへ消えていくようでした。
「ここに来て、初めて沈丁花の香りを知ったなあ」
雪国育ちの栗栖氏。北の土地には、沈丁花は生えていないのだそうです。きっと寒さにやられてしまうのでしょう。
「仕事に行く途中でも、この香りがたまにするんだ。いい匂いだな」
「私も大好きなの、沈丁花」
深く沈みこむような、それでいてすがすがしく心を洗い清める沈丁花の香り。低い静かな鈴の音が聞こえてくるようです。
「この香りをかぐのも、もう3回目になるかな?」
「そうね、もうそんなになるわね」
栗栖氏が私の住む町に引っ越して来て、3年が過ぎようとしています。長かったような短かったような。
最初のころは、栗栖氏はこの土地になじめず、苦労していました。やや閉鎖的な土地柄、狭苦しい町並みや道路、違う気候……。
見ている私も辛かった。2人で必死で支えあっていた、あの頃。
いま沈丁花を探している栗栖氏の横顔は、おだやかです。
「金木犀って、いつだっけ?」
「秋だったかしら」
「あれもいい匂いだな」
「いい匂いね」
「桜はそろそろかな」
「九州のほうで咲き始めたって」
「じゃあ、もうすぐだ……」
2人でゆっくり家路を歩いていきます。栗栖氏は筋トレと称し、スーパーの袋をダンベル代わりに持ち上げています。たまに振り回して、私に止められたりして。
花の香りが流れていきます。
この土地が あなたに優しく ありますように――
3年前から、ずっと願い続けている、思いです。