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2015.07.13 Monday

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    義父が行方不明 後日談

    2009.10.29 Thursday

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      翌日。義父用の、携帯電話を買った。


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      写真は、買ったらもらったおまけ。ハンドタオル。カニがいい味出してます。

       
      JUGEMテーマ:義のつく関係

      義父が行方不明(5)

      2009.10.27 Tuesday

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        とりあえず、人の目の届く範囲で、倒れてはいない。
        でも、それが本当に倒れていないという結論にはつながらない。
        「外を探してくる」
        栗栖氏が立ち上がった。上着を着た。
        「歩いて行くの?」
        「自転車で」
        メインストリートにはもういないのは分かってる。裏道を探してみる、と言った。
        「気をつけてね」
        「うん」
        「いなくても、1時間したら戻ってきて」
        「分かった」
        携帯電話を胸ポケットにさして、栗栖氏は出かけた。

        一人になった家で、私はぽつんとしていた。
        静かだった。二人とも死んでしまったらどうしよう、と思った。
        事故は突然にやってくる。(ほとんどの)病気のようには時間はかけない。
        ちゃんと感謝していただろうか、と考えた。
        夕飯の準備をする気分にはなれなかった。

        10分ほどたったろうか。
        ドアノブをガチャガチャ、といじる音がした。
        「ただいま」
        ドアが開いた。

        義父だった。


        「あー遅くなった」
        いつものニコニコ顔で、義父は上がってきた。
        手には大きなビニール袋が2つ。

        「どこ行ってたんですか」
        言葉にトゲがないと言ったら嘘になる。でも義父は気付かないみたいだった。楽しそうに、
        「これ、やる」
        ビニール袋を私に差し出した。
        「買ってきたんですか?」
        受け取りながら、私はたずねた。たまに彼はスーパーで山ほど買い物をして、おすそわけをくれる。
        義父はますます笑みを広げた。
        「いいや。パチンコ」
        「パチンコ!?」
        私は固まった。
        「久しぶりだ。3年ぶりだったかなあ。こっちへ来てからは初めてだよ」
        「……」
        そんな行き先は予想していなかった。長年一緒にいる息子でさえ思いつかなかったのだ。
        「あ、これだけもらっていいか?」
        「……どうぞ」
        義父は景品がつまった袋から、輪ゴムの箱3つを取った。そして夕飯はまだのようだと感じたらしく、自分の部屋に引き上げていった。

        2つのビニール袋には、レトルト牛丼9箱、レトルトカレー3箱、白砂糖2袋、カルメ焼き5個、男性用靴下3足、(それと持っていかれた輪ゴム3箱)があった。

        私は栗栖氏の携帯に電話して、義父が戻ってきたよと伝えた。
        栗栖氏は息をきらしていた。橋の上まで全力でこいで、上りきったところだったそうだ。


        その日の夕飯は、温めたレトルト牛丼だった。
        義父は「玉が止まらないんだよ」と自慢し、「心配するから、遅くなるなら電話してくれ」と頼む栗栖氏に、困ったように笑った。
        「手が離せなくてさ」

        私が切り分けたデザートのロールケーキは、義父の分だけ薄かった。
        理由は分かると思う。
         
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        義父が行方不明(4)

        2009.10.25 Sunday

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          警察署へ電話するのは、生まれて初めてだった。緊張した。
          受付に事情を話すと、生活安全課へ回された。
          そこで出た年配の男性に、あちこちに説明したのと同じことをしゃべった。ここがもう最後だった。

          「うちの担当じゃないんじゃないの?」
          男性がぼやいていた。受話器から口を離しても、よく響く声だった。たらい回しされるかな、と一瞬ヒヤリとした。でも受付はそちらへ転送したのだ。私のせいじゃない。

          ぼやきはしたが、男性は調べてくれた。
          「誰か、今日身元不明の人を保護したって報告、聞いてます? 救急車に乗せられたとか、そういうの」
          男性は受話器を手でおおうとか、保留にするとかをしなかったので、大声で部屋の人に聞いているのが、はっきりこちらの携帯に聞こえた。
          だれかが答えているらしく、しばらく無言になった。

          義父の思い出が、いくつか頭をかすめていった。お菓子をダブッて買ったこと、暑くてシャツとパンツだけになっている姿、初めて会ったときのこと……
          「あー、もしもし」
          どうなのだろう、どうなのだろう。
          「……はい」
          「そういう人は、いないみたいですねえ」
          「そうですか……」
          たまらずに涙がこぼれた。保護されてないと分かって喜んでいいのか、いまだ行方不明だと悲しんでいいのか、分からなかった。
          「もう少し探してみるといいかもしれない。――あと、そちらの地区の交番にも言ったほうがいいですね」
          「あ、はい」
          「交番からの報告は、ぜんぶうちがまとめてますけどもね。とりあえず今日は、市で身元不明の人の保護はありませんでした」
          「分かりました……」
          交番だよ、と男性は念を押して、私との電話を終わらせた。

           
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          義父が行方不明(3)

          2009.10.23 Friday

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            私は携帯を取った。
            「電話してみる」
            「どこへ」
            「デパート。倒れた人がいないか、聞いてみる」
            栗栖氏は反対しなかった。

            最初は、本屋のあるデパートにかけた。
            「受付でございます」
            受付嬢の美声が耳に明るかった。
            「家族がそちらに買い物に行ったのですが、まだ帰ってこないのです。そちらで今日、倒れた人がいたりしなかったでしょうか。あるいは気分が悪くなったような人が」
            「少々お待ちください。確認してみます」
            声がやや同情をおびた。
            保留になり、軽やかな音楽が流れた。私は息をはいた。

            カチッと音がして、受付嬢がお待たせしました、と言った。
            「本日、ご気分が悪くなったお客様はいらっしゃいませんでした。救急車の要請もございませんでした」
            「そうですか……」
            栗栖氏はうつむいて畳を見つめていた。
            「よろしかったら、館内放送でお呼び出ししてみましょうか」
            と受付嬢は提案した。
            どの店の店員に声をかけてもこちらに伝わるようにしますので、と彼女は請け合ってくれた。
            「それでもいらっしゃらない場合は、また考えてみましょう。服装などの特徴を教えていただいて、警備の方で探してもらうこともできます」
            「お願いできますか」
            「かしこまりました。放送をかけてみます。いらしても、いらっしゃらなくても、後ほどそちらにご連絡いたしますので、お待ちください」
            「はい、よろしくお願いします」
            ありがとうございます、と私は電話を切った。
            「さすが大手デパートだな。フォロー体制が万全だ」
            栗栖氏は感心した。

            近所のショッピングモールにも電話してみた。
            こちらは事務所のオジサンみたいな人が出て、館内放送で「自宅に電話するように」とアナウンスしますよ、とだけ言った。
            「それで結構です」

            私がオジサンと応対している間に、家の電話が鳴った。
            栗栖氏が走って受話器を取った。
            「はい、はい、はい……そうですか。ありがとうございました」
            言葉の調子で、呼び出しに応えた者はいなかったと伝えられているのが分かった。

            家の電話は、それきり鳴らなかった。
            ショッピングモールの館内放送は、効果がなかった。

            どちらにも、義父はいなかった。

             
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            義父が行方不明(2)

            2009.10.21 Wednesday

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              これでは電話が使えない。
              いつから?
              「おととい、私、電話に出たわ。その時は使えてた。でも留守電のランプは消えていた」
              「夕べかな」
              昨夜、栗栖氏は床に置いてあった箱に足をひっかけて、転びそうになっていた。なんとかふみとどまって倒れなかったが。
              箱は電話のすぐ下にある。線がぬけたのは、たぶんその時だ。

              栗栖氏ははずれていた線を電話にはめ、留守電のボタンをセットした。
              「ただいま、電話に出ることができません……」
              機械の自動音声が流れた。
              録音メッセージは、無かった。

              「もし家に電話しようとしてたとしたら……」
              しかし不幸な偶然で、線はぬけていた。
              「私たちの携帯の番号は知ってるよね?」
              「覚えてるのは家の番号だけだ」
              私たちは顔を見合わせた。

              義父はきっとどこかで倒れたのだ。
              周りの人が発見して、うちに電話しようとして、でもつながらなくて今ごろ怒っているだろう。
              義父は病院だろうか。
              それとも、まだ発見されなくて倒れたままか。
              もし意識がなかったら、自宅の電話番号を誰かに伝えることはできない。
              もしかしたらすでに冷たくなっているかもしれない。
              オヤジ狩りに遭った可能性もある。
              嫌な想像ばかりが出てくる。

              「いや、オヤジ狩りはないだろう」
              栗栖氏が、一瞬だけ笑みらしき表情になった。
              「裏道を知らないから、歩かないよ」
              そう聞いても、気持ちは晴れなかった。

              6時。いよいよ暗くなってきた。
              私たちは雨戸を閉めた。いつもは義父がしてくれていた。アルミサッシはガタガタいい、嫌な音をたてた。
               
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