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あれから1年がたちました。
休日だったため、世間では慰霊、被災地応援など、さまざまな催しがあったことと思います。
わたしもなにか書こうとして……結局、翌日になっても手が動きませんでした――。


「死は突然やって来る。テロリストのように」
昔読んだ言葉です。

さっきまで普通に笑い、歩き、生活していた人々が、次の瞬間、いっせいに冷たい骸(むくろ)になってしまう。
日常とは、なんともろいものでしょうか。平和とは、なんと危ういものであるか。
祖母も、ある日倒れたきり、10年間意識が戻ることなく、亡くなりました。

「さよならを言いたかった」
そう思います。
亡くなった方々も、わたし達も。お互い。
せめて一言、さよならだけでいいから、と。

いえ……
「ありがとう」のほうが、いいかもしれません。
生きていてくれて、ありがとう。同じ日本に生まれ、いっしょの時を刻んでくれて、ありがとう。
ありがとう……。


この不条理な世界で、空だけは青く澄み。
たむけられた香の煙がはかなげにゆれ、風となって還っていきます。

伝えられなかった、言葉とともに。

 

「でも……」
自分用のコーヒーをいれながら、私は栗栖さんの手に触れて、
「体は冷えないわよね」
彼の指先は、じゅうぶん温かみがありました。氷の指先に熱を奪われ、ひゃっと栗栖さんは手をひっこめました。
「相変わらずキミは冷え性だなあ」
「寒い寒いとは言っても、ちゃんと自家発電ができてるわよね」
そりゃあね、と彼は手を開いたり閉じたりしながら、
「ある一定の気温になったら、自家発電のスイッチが入るようになってるんだ」
私は感心して、
「それは北国の人みんなができるの?」
「生まれたときからだよ」
「いいわねえ」
「遺伝子に組み込まれてるのさ」
それはすばらしい、それができている間はまだあなたは北の男だ、という話をしているうちに、出勤の時間になりました。

雪はまだ止みそうにありません。
前の道路を、小学生たちが走っていきます。小さな長靴が、雪をけちらしています。後にはぬかるんだ足跡が点々と残っています。

栗栖さんは白い息を吐きました。
「こんな大きな雪は嫌だなあ。べしゃべしゃしてて、しみこむし、歩きにくいし」
「そうでしょうね」
「北海道では雪は細かくさらっとしていて、体に付かないんだよ」
「滑りやすいかも。気をつけてね」
「慣れてるから大丈夫」
「それもそうね」
歩きにくさに同情していると、でもね、ちょっと嬉しいんだよ、と栗栖さんはドアを開けながら、にっこりしました。

「北国ではね、ボタ雪が降ると、春が近づいてきた証拠なんだ」

そう言って、北国の心を持つ、関東の男は、出勤していきました。


雪は音をたてて降り続けています。
空気は底冷えのする冷たさです。
今日はうるう日の2月29日。

明日から、3月です。

 
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とたんに元気になる関東人です。

階段をいつもの2倍速で下りて、
「栗栖さん、雪だよ!」
「おお、雪だね」
栗栖さんは、タバコをぷかりぷかりと吸いながら、おはようと言い、
「またよく積もったなあ」
ややうんざりした顔で窓の外を見やりました。
北国出身の彼にとって、雪イコール雪かきです。関東の人間にはうかがい知れない重労働を、思い出しているようでした。

この冬は例年になくよく雪が降りました。今日はいちばん積もったようです。

「音がするから、もう雨になるんじゃないかしら?」
「いや、雪のほうが増えてきているみたいだよ」タバコを耳のあたりで振りながら、「音がだんだんしなくなった」
「あら本当」
たしかに、降ってくるものが白さを増している気がしました。

「今日は冷えるなあ」
栗栖さんがぶるっとして両腕をこすりました。
「寒い?」
「うん」
「前は大丈夫だったじゃない」
「もう俺は関東人になったんだよ」
「ええ?」驚いて笑ってしまいました。「いつ? あれほど寒さに強かったあなたが」
そうなのさ、と栗栖さん。
「今年かな? それとも去年? ま、とにかく俺は、寒いのがダメになった」
「まああ」

なんと、11月でもTシャツに短パンで歩いていた北の男は、滞在7年目にして、ついにやわな関東人になってしまったのでした。

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雨の音が聞こえる。

携帯の目覚まし時計に起こされて、まず思ったのはそれ。
ああ今日も雨か……。

もうちょっと眠っていたいと、意地汚く布団にしがみついている私のとなりで、栗栖さんはエイヤッと布団を蹴飛ばして起き上がります。夏は私が早起きですが、冬は立場が逆転です。
足音が、部屋を横切り、階段をトントンと下りていきます。

電子レンジがうなる音。コーヒーを温めているのです。
チーン。

換気扇の回る音。目覚めの一服。

横で、栗栖さんの目覚ましが鳴り始めます。主の代わりに止めて。
「……」
私も起きなきゃあ……。
しぶしぶ、起きる支度をはじめます。

ポツ、ポツと屋根をたたく音が続いています。
ああ、助かった。今日はオフだ。
最近、単発のバイトを始めました。週2日ほどで、今日はたまたま休みの日でした。
さあて。予定していた洗濯はできないから。あとは、朝のゴミ出しか。
どのくらいの雨かな? ひどく降ってなければいいけど。

カーテンを開けて、雨戸を開けて。
「あ!」
思わず声をあげました。

外は、いちめんの雪景色でした。
 
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地震、津波、原発事故と、立て続けに起こった災害に、言葉もありません。なんということが起こってしまったのでしょう……。現実とはとても思えないですが、目を覚ませばまた昨日の続き。ああこれは夢ではないんだと、毎日辛い朝を迎えています。

この災害が収束したとしても、おそらくこれで終わりではないでしょう。
私の住む地域でも、大きな地震がありました。宮城の地震とは関係がないそうです。

わざわざ引越して来てもらった栗栖さんには、本当に申し訳なく思っています。最初は違う土地でのストレスと、慣れない仕事。仕事が安定してきたかなと思ったら、妻の病気。治ったかなと思ったら災害。
これからどうなるのか、まさに一寸先は闇のような状態で。
風におびえる子供のような気持ちです。

それでも、今日生きている。家族がいる。
わたしたちは光のある方向に向かって、手を伸ばしていかなければいけないのでしょう。1歩ずつでいいから。
本当に大切なものは何か、もういちど見直しつつ。

 


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