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去年の暮れ、バラが、葉を落としました。
ただ単純に、冬になったからだろう、と思っていました。

ところが、春になっても、バラは葉をつけませんでした。
なぜ?
原因が思いつきません。寒さで立ち枯れた? 病気になった?

しかし、その頃には、わたしはバラどころではなくなっていました。
年明け早々からガンが発覚し、それまでの平穏な生活から、いきなり非日常の渦中に放りこまれていたのです。
自分のことでいっぱいいっぱいでした。


春はあっというまに過ぎました。梅雨になりました。
わたしは抗ガン剤治療を始めていました。バラのことは気になっていましたが、それより、治療による自分の体調のほうが大事でした。
土をうるおす雨が続いても、バラは葉をつけようとしませんでした。

治療は苦しいものでしたが、小休止といえる週があり、そういう時は普通の生活ができるのが助かりました。髪を刈ってしまったので、帽子だけは家の中でも外でもかぶっていました。


初夏。裏庭は、成長する草花で緑が濃くなっていました。
その中でバラだけが、去年の暮れと変わらぬ姿でした。むきだしの幹に、棘をいからせて、冬がそこだけ残っているかのようでした。

わたしはO・ヘンリーの『最後の一葉』という短編を思い出しました。
病気の少女、落ちてゆく葉。自分の命と木の葉がこぼれ落ちていくのを、ベッドの少女はただ見つめている――。

バラは、わたし自身なのだろうか、と思いました。
もはや枯れるだけなのか。
いや考えすぎだ。
だってわたしは治るのだから。

もしかしたら――弱っているときは、突拍子もない考えが浮かびます――
バラは、病気のわたしに、エネルギーを与えてくれていたのかもしれない。
だからわたしの病気は良くなり、バラは枯れたのだ。
バラはわたしの身代わりとなって、力尽きた――。

そんなありえないこと。ファンタジックすぎて、自分でも笑ってしまいました。
もちろん、ただの寿命だったのでしょう。

薬の効果があって、一時高くなっていた腫瘍の数値は、しだいに下がっていきました。


夏が来ました。例年にない暑さで、ニュースで何度も記録が更新されました。

抗がん剤の治療は、予定の7月には終わりませんでした。わたしの体調がなかなか順調に戻らないため、8月に延びました。(結局9月までずれこみました)

その日も、治療予定だったのが、延期になりました。
わたしはがっかりしました。
でも、あと1回。それで終わる。

まだ明るいうちに帰宅して、わたしは何気なく窓の外を見ました。――そして、あっと声をあげました。

裏庭のバラの、枝の先に、小さな赤い若葉が出ていました。

もう大丈夫だ、と思いました。
回復したのだ。
わたしも、バラも。

赤子の手のようなそれは、蝉の声がまだひびく青空に、いくつも広がっていました。
 
 
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退院後、初めての検診。
「その後、どうですか?」
「おかげさまで、だいぶ食べられるようになりました」
「すぐ回復しますね。それでは、手術について詳しく……」
医師は、手術の結果を報告しました。
問題の箇所は予定通り全摘。リンパ節も取って、散らばっているはずの癌を探した。
けれど――

「癌細胞は、ありませんでした」
「え?」
「珍しいケースです」
「……」
驚きに、わたしは言葉が出ませんでした。

レベル靴もと言われていた癌は、bまで下がっていました。
一番軽いaではなくbだったのは、前の病院から資料として送られていた細胞が、再発性のものだったからだそうです。
そこで、と医師は言いました。
「念のため、化学療法をしておきましょう」

1回目は様子を見るために、入院をしました。アレルギー反応がなかったので、2回目以降は日帰りで治療をすることになりました。


――なぜ癌細胞が無かったのかは、いまだによく分かりません。
万歩計を買って歩いたので、体の抵抗力が増したのか。
身辺整理でスッキリして、なにか体内で不思議な作用があったのか。
祈願が効いたのか。
そもそも癌が初期の初期だったのか。

癌になったなら終わりだ、いっそ早く死ぬと開き直っていたわたしに、神様が「もう少し生きてみなさい」と伝えたように思いました――。


桜が咲き、春の訪れとともに、家族の顔もしだいに明るくなっていきました。
「万が一、体にガン細胞が残っていても、これでなくなるね」

抗がん剤の副作用は、吐き気と脱毛とでなんとも強烈でしたが、最後のハードルだと思って我慢することにしました。(あとリンパ浮腫という、むくみもありますが、これは一生、うまく折り合いをつけていくしかないようです)


髪が抜け始めたとき、栗栖さんに、バリカンで剃り上げてもらいました。
「ドングリみたいでかわいいぞ」
「本当?」
「ほら」
「あ、本当」

鏡の中で見返している自分は、初めて見る顔でした。意外に悪くない、と思いました。
丸坊主になった頭に、春の空気は寒く、わたしはくしゃみをしました。ちょっぴり涙がうかびましたが、こぼれませんでした。

裏庭ではバラが、まだ葉のない枝を、風にゆらしていました。

 
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術後は、胃が食事をうけつけず、眠れない毎日を過ごしました。

そんなわたしを心配し、同じ入院している人たちが、なにかと声をかけてくれました。
さまざまな人がいました。
放射線治療と化学療法で長いこと入院している老婦人。3人の子供がいて、退院したら数日後に卒業式に出席しなきゃというお母さん。同室のおしゃべりなおばあちゃんは、皆からちょっと煙たがられていましたが、巧みにあいづちを打つご主人がお見舞いに来たときは、かわいいおばあちゃんになっていました。

窓の外は曇りがちで、よく雨が降っていましたが、病院の中は快適でした。わたしはリハビリもかねて、廊下をよく歩きました。

ある夜、廊下を歩いていたときのことを覚えています。
年配の男性がうつむいて椅子に座っていて――泣いていました。そばでは看護婦さんがよりそっていました。静かでした。
数分後にわたしが戻ると、2人の姿はありませんでした。

食べては吐く日が続きました。体重はあっという間に落ち、体の感覚がおかしくなってきました。
このままだと点滴に戻るのかな、と考えました。

死にたくない、と思いました。強く、そのとき。

長く続いた雨が、やっと止んだ朝。廊下を歩いていたわたしは、窓の景色に足を止めました。
濡れて光る道路の網を、豆粒のような車が次々と走っていました。まだ眠っている建物たち。立ち上る蒸気で、遠くはかすんでいました。そのもやの中を鉄塔がポツ、ポツと等間隔に浮かんでいました。久しぶりの太陽のまぶしさに、わたしは目を細めました。

なんとか吐かずに3口ほど食べた、翌日。
夢を見ました。
見知らぬ看護婦が、ベッドで寝ているわたしに点滴をしていました。わたしが頭を動かして挨拶すると、看護婦もおじぎを返しました。
目がさめて、良くなる、と思いました。

その日、退院しました。
実家で10日ほど療養してから、家に移りました。

ほとんどを寝て過ごしました。
水仙も梅もわたしの知らないところで咲いて散っていき、季節はしだいに春へと向かい始めていました。

 
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死を身近に感じると、むしろ腹がすわります。
2度目の手術までの間に、わたしは色々なことをしました。

身辺整理。
親しい友人への連絡。(愕然とされました。そりゃそうです)
万歩計を購入して体力作り。(手術対策)
病気回復祈願。(たまたま偶然)

身辺整理は、保険や葬式での連絡先や、銀行口座のリストなど、残された家族が困らないように書き出しました。
家族への手紙も書きました。感謝の思いをつづりました。わだかまりのある人には、許しの言葉を。
書き終わった後は非常にスッキリして、それからは泣くことはなくなりました。

わたしよりも、周りのほうが参ってきていました。
実家の母は毎日のように電話してき、心配で夜眠れないと訴え、「がんばろうね」とまた涙声でくり返しました。そのたびわたしは「しっかりしてよ」と激をとばし、母を怒らせるのでした。
夫の栗栖さんも、陰でこっそり涙をふいていました。

2月下旬、入院。
こんどは開腹手術で、予定より1時間のびました。
廊下を医師や看護婦が通るたび、悪い知らせかと、家族は生きた心地がしなかったそうです。

 
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ただ普通の手術のはずでした。
ちょっとポリープが大きいから、取ってしまいましょう。
切る範囲が狭く、回復が早い、腹腔鏡手術でした。

それが今年初め。
手術は無事に終了しました。
リハビリをし、退院しました。

次の診察で、医師に言われました。
「悪性でした。すぐ転院して下さい」

暗転――。まさにそんな感じでした。

腹腔鏡手術は、腹部に小さな穴を空け、そこから器具を使って中で切除部位を細く切り、取り出します。大きく切る開腹手術と違い、体への負担が軽いのがメリットです。
ただし、それが悪性だった場合は、それが逆にデメリットとなりました。

「体内にどれだけ癌細胞が散らばってしまったかは分かりません」
転院先での腫瘍専門の医師は、検査のデータを並べて、
「良くてレベル供▲螢鵐僂泙播尚椶靴討い譴亅靴任垢諭
前の手術で温存していた、体内の箇所は、全部摘出するとのことでした。

病院の廊下で、母と2人でずっと泣きました。
「がんばろうね、がんばろうね」
母はそれだけくり返していました。
自分は死ぬのか、と生まれて初めて思いました。

季節は冬。梅もまだ咲いていない時期でした。

 
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