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2015.07.13 Monday

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    義父が行方不明(5)

    2009.10.27 Tuesday

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      とりあえず、人の目の届く範囲で、倒れてはいない。
      でも、それが本当に倒れていないという結論にはつながらない。
      「外を探してくる」
      栗栖氏が立ち上がった。上着を着た。
      「歩いて行くの?」
      「自転車で」
      メインストリートにはもういないのは分かってる。裏道を探してみる、と言った。
      「気をつけてね」
      「うん」
      「いなくても、1時間したら戻ってきて」
      「分かった」
      携帯電話を胸ポケットにさして、栗栖氏は出かけた。

      一人になった家で、私はぽつんとしていた。
      静かだった。二人とも死んでしまったらどうしよう、と思った。
      事故は突然にやってくる。(ほとんどの)病気のようには時間はかけない。
      ちゃんと感謝していただろうか、と考えた。
      夕飯の準備をする気分にはなれなかった。

      10分ほどたったろうか。
      ドアノブをガチャガチャ、といじる音がした。
      「ただいま」
      ドアが開いた。

      義父だった。


      「あー遅くなった」
      いつものニコニコ顔で、義父は上がってきた。
      手には大きなビニール袋が2つ。

      「どこ行ってたんですか」
      言葉にトゲがないと言ったら嘘になる。でも義父は気付かないみたいだった。楽しそうに、
      「これ、やる」
      ビニール袋を私に差し出した。
      「買ってきたんですか?」
      受け取りながら、私はたずねた。たまに彼はスーパーで山ほど買い物をして、おすそわけをくれる。
      義父はますます笑みを広げた。
      「いいや。パチンコ」
      「パチンコ!?」
      私は固まった。
      「久しぶりだ。3年ぶりだったかなあ。こっちへ来てからは初めてだよ」
      「……」
      そんな行き先は予想していなかった。長年一緒にいる息子でさえ思いつかなかったのだ。
      「あ、これだけもらっていいか?」
      「……どうぞ」
      義父は景品がつまった袋から、輪ゴムの箱3つを取った。そして夕飯はまだのようだと感じたらしく、自分の部屋に引き上げていった。

      2つのビニール袋には、レトルト牛丼9箱、レトルトカレー3箱、白砂糖2袋、カルメ焼き5個、男性用靴下3足、(それと持っていかれた輪ゴム3箱)があった。

      私は栗栖氏の携帯に電話して、義父が戻ってきたよと伝えた。
      栗栖氏は息をきらしていた。橋の上まで全力でこいで、上りきったところだったそうだ。


      その日の夕飯は、温めたレトルト牛丼だった。
      義父は「玉が止まらないんだよ」と自慢し、「心配するから、遅くなるなら電話してくれ」と頼む栗栖氏に、困ったように笑った。
      「手が離せなくてさ」

      私が切り分けたデザートのロールケーキは、義父の分だけ薄かった。
      理由は分かると思う。
       
      JUGEMテーマ:義のつく関係

      義父が行方不明(4)

      2009.10.25 Sunday

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        警察署へ電話するのは、生まれて初めてだった。緊張した。
        受付に事情を話すと、生活安全課へ回された。
        そこで出た年配の男性に、あちこちに説明したのと同じことをしゃべった。ここがもう最後だった。

        「うちの担当じゃないんじゃないの?」
        男性がぼやいていた。受話器から口を離しても、よく響く声だった。たらい回しされるかな、と一瞬ヒヤリとした。でも受付はそちらへ転送したのだ。私のせいじゃない。

        ぼやきはしたが、男性は調べてくれた。
        「誰か、今日身元不明の人を保護したって報告、聞いてます? 救急車に乗せられたとか、そういうの」
        男性は受話器を手でおおうとか、保留にするとかをしなかったので、大声で部屋の人に聞いているのが、はっきりこちらの携帯に聞こえた。
        だれかが答えているらしく、しばらく無言になった。

        義父の思い出が、いくつか頭をかすめていった。お菓子をダブッて買ったこと、暑くてシャツとパンツだけになっている姿、初めて会ったときのこと……
        「あー、もしもし」
        どうなのだろう、どうなのだろう。
        「……はい」
        「そういう人は、いないみたいですねえ」
        「そうですか……」
        たまらずに涙がこぼれた。保護されてないと分かって喜んでいいのか、いまだ行方不明だと悲しんでいいのか、分からなかった。
        「もう少し探してみるといいかもしれない。――あと、そちらの地区の交番にも言ったほうがいいですね」
        「あ、はい」
        「交番からの報告は、ぜんぶうちがまとめてますけどもね。とりあえず今日は、市で身元不明の人の保護はありませんでした」
        「分かりました……」
        交番だよ、と男性は念を押して、私との電話を終わらせた。

         
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        義父が行方不明(3)

        2009.10.23 Friday

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          私は携帯を取った。
          「電話してみる」
          「どこへ」
          「デパート。倒れた人がいないか、聞いてみる」
          栗栖氏は反対しなかった。

          最初は、本屋のあるデパートにかけた。
          「受付でございます」
          受付嬢の美声が耳に明るかった。
          「家族がそちらに買い物に行ったのですが、まだ帰ってこないのです。そちらで今日、倒れた人がいたりしなかったでしょうか。あるいは気分が悪くなったような人が」
          「少々お待ちください。確認してみます」
          声がやや同情をおびた。
          保留になり、軽やかな音楽が流れた。私は息をはいた。

          カチッと音がして、受付嬢がお待たせしました、と言った。
          「本日、ご気分が悪くなったお客様はいらっしゃいませんでした。救急車の要請もございませんでした」
          「そうですか……」
          栗栖氏はうつむいて畳を見つめていた。
          「よろしかったら、館内放送でお呼び出ししてみましょうか」
          と受付嬢は提案した。
          どの店の店員に声をかけてもこちらに伝わるようにしますので、と彼女は請け合ってくれた。
          「それでもいらっしゃらない場合は、また考えてみましょう。服装などの特徴を教えていただいて、警備の方で探してもらうこともできます」
          「お願いできますか」
          「かしこまりました。放送をかけてみます。いらしても、いらっしゃらなくても、後ほどそちらにご連絡いたしますので、お待ちください」
          「はい、よろしくお願いします」
          ありがとうございます、と私は電話を切った。
          「さすが大手デパートだな。フォロー体制が万全だ」
          栗栖氏は感心した。

          近所のショッピングモールにも電話してみた。
          こちらは事務所のオジサンみたいな人が出て、館内放送で「自宅に電話するように」とアナウンスしますよ、とだけ言った。
          「それで結構です」

          私がオジサンと応対している間に、家の電話が鳴った。
          栗栖氏が走って受話器を取った。
          「はい、はい、はい……そうですか。ありがとうございました」
          言葉の調子で、呼び出しに応えた者はいなかったと伝えられているのが分かった。

          家の電話は、それきり鳴らなかった。
          ショッピングモールの館内放送は、効果がなかった。

          どちらにも、義父はいなかった。

           
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          義父が行方不明(2)

          2009.10.21 Wednesday

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            これでは電話が使えない。
            いつから?
            「おととい、私、電話に出たわ。その時は使えてた。でも留守電のランプは消えていた」
            「夕べかな」
            昨夜、栗栖氏は床に置いてあった箱に足をひっかけて、転びそうになっていた。なんとかふみとどまって倒れなかったが。
            箱は電話のすぐ下にある。線がぬけたのは、たぶんその時だ。

            栗栖氏ははずれていた線を電話にはめ、留守電のボタンをセットした。
            「ただいま、電話に出ることができません……」
            機械の自動音声が流れた。
            録音メッセージは、無かった。

            「もし家に電話しようとしてたとしたら……」
            しかし不幸な偶然で、線はぬけていた。
            「私たちの携帯の番号は知ってるよね?」
            「覚えてるのは家の番号だけだ」
            私たちは顔を見合わせた。

            義父はきっとどこかで倒れたのだ。
            周りの人が発見して、うちに電話しようとして、でもつながらなくて今ごろ怒っているだろう。
            義父は病院だろうか。
            それとも、まだ発見されなくて倒れたままか。
            もし意識がなかったら、自宅の電話番号を誰かに伝えることはできない。
            もしかしたらすでに冷たくなっているかもしれない。
            オヤジ狩りに遭った可能性もある。
            嫌な想像ばかりが出てくる。

            「いや、オヤジ狩りはないだろう」
            栗栖氏が、一瞬だけ笑みらしき表情になった。
            「裏道を知らないから、歩かないよ」
            そう聞いても、気持ちは晴れなかった。

            6時。いよいよ暗くなってきた。
            私たちは雨戸を閉めた。いつもは義父がしてくれていた。アルミサッシはガタガタいい、嫌な音をたてた。
             
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            義父が行方不明(1)

            2009.10.17 Saturday

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              義父が帰ってこない。

              こんなことは初めてだった。
              普段なら、2時間くらいで帰ってくる。長くても3時間。
              それが今日は、10時すぎに家を出て、夕方4時になっても帰ってこない。

              さすがに不安になってきた。
              「本屋に行ってくる」
              とは言っていた。だからたぶん、最初は本屋。
              本屋はデパートに入っているから、周りの店もついでにのぞいているのかもしれない。でも服や音楽には興味がない人だから、すぐ飽きるはず。
              昼食をフードコーナーで食べているかもしれない。でも夕方までそこにいるとは思えない。

              義父は携帯電話を持っていない。必要がなかったからだ。
              ふだんは家にずっといる。

              栗栖氏は本を読みながら、でも気になるようで、たまに家の中をうろうろ歩いていた。

              5時になった。
              日が陰ってきた。夏より暮れるのが早くなっている。
              栗栖氏もそわそわし始めた。
              「いくらなんでも遅いわよね」
              「オヤジ、どこへ行ったんだろう」

              二人で行きそうな場所をあげてみた。
              「100円ショップは?」
              「興味なさそう」
              「銀行は?」
              「先日ATMで下ろしたばかり」
              「映画館は?」
              「この3年間で1度も見に行ってないものなあ」
              近所のショッピングモールはどうだろう、という話になった。
              そこにはホームセンターが入っている。日曜大工が好きな義父は、たまに材料を調達しに出かける。
              そこなら、ありえる。

              でも5時までかかるものではない。

              「ちょっと一息だ」
              気持ちを落ち着かせるために、栗栖氏は台所にコーヒーを入れに行って、そこで「あ」と声をあげた。
              「どうしたの?」
              「どうしたんだ、点いてない」
              見ると、電話の留守電のランプが消えていた。
              電話線も、ぬけていた。

               
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